蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)

蘆花恒春園は、世田谷区粕谷1丁目の環八に面した広さ約2000坪の緑豊な公園です。

「不如帰」「自然と人生」「みみずのたはこと」などの名作で知られる明治・ 大正期の文豪、徳富蘆花(健次郎)と愛子夫人が、後半生を過ごした住まいと 庭、それに蘆花夫妻の墓地を中心に旧邸地部分周辺を買収して拡張した公園と なっています。

蘆花は、明治39年にロシアを旅行しトルストイを訪ね、土に生きることに感銘 して翌年にこの地に移り住み、「恒春園」と名付けて晴耕雨読の生活を送りま した。
独自のユーモアによって田園生活の四季を“美的百姓”として描き出したのが 随筆「みみずのたはこと」です。

昭和2年に静養先の群馬県伊香保で亡くなるまで、約20年間を過ごしました。
その後、愛子夫人は蘆花没後10年を経た昭和12年に、「武蔵野の景観とともに 保存し公園とすること」を条件にして、住居と敷地、蘆花の遺品一切を当時の 東京市に寄贈しました。
翌13年、奇しくも、蘆花と愛子夫人が移り住んで満30年にあたる2月27日に、 市立公園として正式に開園しました。
愛子婦人は昭和22年2月20日に亡くなりましたが、蘆花夫婦の墓は旧宅の東、 クヌギ等の木立の中にあります。

ちなみに、京王線の「芦花公園」駅は蘆花恒春園にちなんで名付けられた駅ですが、以前は地名である「上高井戸」駅だったそうです。

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