練馬区は東京23区の中では最も新しく、板橋区の一部だった旧北豊島郡練馬町・上練馬村・中新井村・石神井村・大泉村の区域が1947年8月1日に分離・統合して発足しました。
開発が新しいという状況もあって、練馬といえば緑の多い閑静な住宅地として、またはマンション建設ラッシュに沸いている地として話題になりますが、実は「アニメのまち」を宣言し国際的なビジネス展開を目指しているのをご存知でしょうか?
現在「アニメ」と言えば小金井市の「スタジオジブリ」が国際的にも有名ですが、日本のアニメの歴史は「練馬区」から始まりました。
記念すべき第一号は、昭和33年(1958年)東映動画による日本初のカラー長編アニメ映画「白蛇伝」。
当時から区内はアニメ事業者が活動する集積地になっておりましたが、これに拍車をかけたのが手塚治虫氏率いる虫プロダクション(練馬区富士見台)でした。
昭和38年(1963年)日本初の30分連続テレビアニメ「鉄腕アトム」。
日本初の本格的フルカラーテレビアニメシリーズ「ジャングル大帝」昭和40年(1965年)が制作・放映され人気を博しました。
これによって練馬区は「日本アニメ発祥の地」「テレビアニメ発祥の地」としての称号が決定付けられることになりました。
区内は、虫プロをはじめ東映アニメーションの本社(練馬区東大泉二丁目)や、90社を超えるアニメ事業者が活動する国内最大の集積地になりました。
都心に出やすい立地ながらも土地や家の価格が安かったという不動産事情もあったようです。
そして幾多のアニメプロダクションによって『一休さん』、『銀河鉄道999』、『北斗の拳』、『聖闘士星矢』、『Dr.スランプ アラレちゃん』、『ドラゴンボール』などアニメ史に残る数々の名作が制作されてきました。
このような環境もあって、アニメ産業の活性化や新しいビジネスモデルの構築を目指して平成16年(2004年)区内のアニメ関連会社52社が加盟し、「練馬アニメーション協議会(練馬区豊玉北)」が設立されました。
ケーブルテレビを利用したアニメ情報番組「ねりたんアニメワークス」を放送するなど、アニメ普及にむけて積極的な活動が行われています。
また、録音や編集のスタジオなど共同で利用できる施設の設置、動画を作る技術者やアニメ製作者らを育成するためのコンテストや、専門学校の誘致など検討。
「次世代の才能は地域で育てる」という理念の基、育成プロジェクトも計画されています。
平成20年(2008年)アニメ産業活性化のため、練馬区は「アニメのまち」を宣言。アニメの国際見本市にも参加しました。これがきっかけとなり、平成21年(2009年)世界最大の国際アニメ映画祭の開催地として知られる仏アヌシー市とアニメ産業振興で協定を結ぶことになりました。
この協定により、アヌシー市のアニメ制作者を受け入れる環境を作ったり、映画祭などの開催でも相互協力することになりました。
将来はアニメ作品やキャラクターの共同制作、区内企業のアヌシー市への進出などを目指すことも視野に入れているそうです。
アニメ産業をめぐって「海外の都市間が連携する」のは極めて珍しいケースですが、これもアニメ通として知られる麻生太郎首相(当時)の影響でしょうか?
アニメ産業推進を後押しする発言なども手伝って、展開も好調のようです。練馬はジャパンアニメを通して、ポップカルチャーの発信基地として国際的に注目を浴びそうです。
【練馬で制作された、またはその舞台になった アニメーション】
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