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護国寺の歴史:将軍家との深い縁
創建の経緯
護国寺は、天和元年(1681)に五代将軍徳川綱吉の生母、桂昌院の発願により創建されました。上野国の僧・亮賢僧正が開山となり、幕府から高田薬園の地を与えられて寺院が建立されました。寺号は「神齢山悉地院護國寺」と称され、寺領三百石が寄進されました。
本尊と観音堂の建立
創建当初、本尊として安置されたのは桂昌院の念持仏である天然琥珀如意輪観世音菩薩像でした。その後、元禄10年(1697)に現在の観音堂(本堂)が建立されました。約半年という短期間で完成したこの建造物は、元禄時代の建築工芸の粋を集めた大作で、その雄大さは都内随一と称賛されています。護国寺の見どころ:文化財と建築美
国指定重要文化財:観音堂
現在の観音堂(本堂)は、昭和25年に国指定重要文化財に指定されました。元禄時代の建築様式を今に伝える貴重な建造物で、震災や戦災を乗り越えて江戸の面影を残しています。
その他の文化財
護国寺には観音堂以外にも多くの文化財があります。仁王門、不老門、月光殿などが特に注目されます。仁王門は元禄期の造営で、徳川将軍の祈願寺としての格式を示す重要な表門です。月光殿は桃山時代の建造物で、書院様式を伝える貴重な建物として国指定重要文化財に指定されています。護国寺の現在と魅力
著名人の墓所
明治期以降、護国寺は多くの著名人の墓所となりました。三条実美、山縣有朋、田中光顕、大隈重信などの墓が存在し、日本の近代化に貢献した人物たちの最期の眠りの場となっています。